【イベントレポート】令和8年度 第1回コミュニティイベント「AI・デジタル時代の市場変化とスタートアップの可能性」

現場にしかない情報が、これからの勝ち筋になる
鹿児島県(商工労働水産部産業立地課新産業創出室スタートアップ支援係)が主催する「かごしまスタートアップ成長支援プログラム『CHEST』」は、地域から成長企業を創出し、起業家が連鎖的に生まれる基盤をつくる取り組みとして本年で5年目を迎えます。
8月20日(木)、令和8年度の第1回コミュニティイベントをライカ ワークラウンジにて開催しました。8月上旬に予定していたキックオフイベントが震災の影響で中止となったため、この日が本年度の実質的な幕開けです。
今回は「AI・デジタル時代の市場変化とスタートアップの可能性」をテーマに、キャピタリストと実践者のお二人をゲストにお迎えし、トークセッション形式で実施しました。県内で事業に取り組む方から学生まで、幅広い顔ぶれにお集まりいただきました。
セミナー登壇者紹介
株式会社ジェネシア・ベンチャーズ Investment Manager 曽我部 崇 氏
東北大学大学院工学研究科修了。金属を用いない新型電池材料の研究に従事し、自らの研究成果を活用した大学発スタートアップの技術開発や、学生ロケット開発プロジェクトにも携わる。現在は化学・材料・エネルギー・バイオ・AIインフラ・宇宙などの先端分野に加え、社会構造の変化を促す幅広いテーマにも投資。研究段階の技術が社会に根を下ろすまでの過程を、設計・プロセス・設備・パートナー連携といった構造全体から俯瞰することを得意とする。

株式会社ZIFISH 取締役COO 中村 元 氏
東京大学大学院情報理工学系研究科修了。ソニーグループ株式会社にてレンズの商品開発にメカ設計エンジニアやプロジェクトマネージャーとして従事。社内の新規事業部門やエムスリーとの合弁会社で、医療・介護・地方創生などのプロジェクトに携わったのち、地元鹿児島へUターンし、株式会社ZIFISHの設立に参画。当日は体調を崩されたなかでのオンライン登壇となりましたが、「大好きなイベントなので、なんとか出たかった」とお話しされていました。

AIは「2つの市場」を生み出している
曽我部氏は、AIが生み出す市場を2つに整理されました。
ひとつは、AIによってアンロックされた市場です。従来の技術では成立しなかった領域や、人手をかけては採算が合わなかった事業が成り立つようになりました。ここでの勝ち筋は、コアとなるデータやプロセスを自社に取り込めるかどうか。それがなければ誰にでもできることになり、コモディティ化して価格がつかなくなると指摘されました。
もうひとつは、AIが新たなボトルネックを生む市場です。電力、冷却、水資源、出力の信頼性。ただし電力やチップ、データセンターといった「本丸」は、投資できる金額がそのまま競争力になります。日本が向かうべきは、その手前にある黒子のレイヤー。金属の精錬や熱を発しない光配線など、従来から強みを持つ素材・部品の領域です。鹿児島なら生産拠点の誘致という形もあり得る、という具体例も添えられました。
現場に近い人ほど、AIで強くなる
中村氏が取り組まれているのは水産業のDXです。日本最大の拠点である豊洲市場ですら記録の多くが手書きで、天然の魚は種類も大きさも標準化できない。市場が小さく個別性が高いため、事業として成立しづらい業界でした。
ZIFISHのスマート計量システムは、魚を計量機に乗せるだけで作業が完結します。同時に撮影した写真からAIが魚種やサイズを推定し、既存の販売管理システムへ自動連携。荷札から入札までを一気通貫でデジタル化します。鹿児島県漁協の高山支所で昨年11月から稼働しています。
象徴的だったのが魚の呼び名です。高級魚のキジハタは鹿児島県内だけで9通りの呼び名があり、従来のプログラムでは扱いようがありませんでした。AIであれば辞書として持たせられる。画像判定も複数のモデルと辞書を組み合わせて候補を出し、最後は人が選ぶ設計にしました。人が選んだ結果が次の学習データになるループを回すことで、初めて実用に足るものになるといいます。
辞書も、人が決めるという行為も、現場に行かなければ得られないもの。AIによって現場に近い人ほど強くなった、という言葉が繰り返されました。
「都会は課題プア、地方は課題リッチ」
後半のクロストークでは、お二人に共通する「現場の情報をいかにつかむか」を掘り下げました。
中村氏が挙げられたのは、足で稼ぐという言葉です。まず1カ所に足しげく通って業界の要点をつかみ、2カ所目以降はポイントを絞って見ていく。曽我部氏からは、すでに規格化された領域より、規格化されていない領域や規制の厳しい業界にこそ機会があるという整理が示されました。
印象的だったのは、他のベンチャーキャピタリストの言葉として紹介された「都会は課題プア」という表現です。都心では大きな市場をいきなり取りに行こうとするけれど、そこに必要なデータは往々にして存在しない。対して地方は「課題リッチ」であり、次の課題、また次の課題と辿りながら市場を広げていける。地方からデータを取るからこそ、大きな市場にも手が伸ばせるという指摘でした。

参加者によるライトニングトーク
交流会では、4名の方にご登壇いただきました。
株式会社Alteonus 平間氏(鹿児島大学 医歯学域 准教授)
チョコレートで口腔内を清潔にする取り組み。苦い薬を飲むために甘いもので口直しをする子どもたちが虫歯を招き、それが手術を受けられない理由になってしまう。まず一般向けのスイーツとして実装し、医療の領域へ広げる構想です。
日置市地域おこし協力隊(フリーランス) 一倉氏
「ネオ日置」の取り組みを知って、関東から移住して半年という一倉さん。文化財のデジタル記録や神社の3D撮影、文化体験のキュレーションを手がけ、協力隊任期のその先に向けて事業性を検証している段階だと語られました。
KCP(旧・鹿児島クリエイティブフェスティバル)迫田氏
映像・音響・アイデアの3部門で作品を公募し、11月から12月にWeb上で公開して審査を行います。審査にはAIも加える予定とのこと。クリエイターとサポーター、スポンサー、地域社会が循環する仕組みを構想されています。
株式会社AmaterZ 矢島氏
畜産では温室効果ガスへの対応が輸出の条件になりつつあります。動物のすぐ近くでCO2・アンモニア・メタンを直接計測し、削減量を算定するロジックを構築。現場のデータで低炭素を証明し、同じデータを技術承継にも活かす構想が語られました。




セミナー後の交流会の様子
トークセッション後には交流会を実施し、参加者と登壇者が直接意見交換を行いました。登壇されたお二人への質問はもちろん、参加者どうしの会話も続き、予定していた閉会時刻を過ぎても話が途切れない様子が見られました。
参加者の声
「ローカルな情報を得るには自分の足で動かないといけないというお話があって、体験することの大切さを感じました。年上の方が多くて最初は緊張していましたが、聞くうちに自分とマッチするところが見つかりました。」(大学4年生/ジビエ事業を志し、狩猟免許を取得)
「今回が初めての参加でした。皆さんが実際に動かれているのが素晴らしいと感じました。ローカルの魅力をどう伝えるか、それをどうビジネスにつなげるかという点で気づきがありました。」(今年8月に新設された部署で新規事業に取り組む参加者)


まとめ
現場知こそが、これからの差になる
キャピタリストの視点と実践者の視点は、最後に同じ場所へ収束しました。AIによって開発は誰にとってもしやすくなり、その分だけ差がつきにくくなっている。だからこそ、現場にしかない一次情報をどれだけつかんでいるかが分かれ目になります。
この日は、これまでCHESTの採択者としてプログラムに参加されてきた方も、ゲストやライトニングトークの登壇者として加わっています。起業家が連鎖的に生まれる基盤を構築するという趣旨が、少しずつ形になりつつあります。
次回、第2回コミュニティイベントは9月24日(木)18時より、同じくライカ ワークラウンジにて開催予定です。企業に勤めながら新規事業を立ち上げてこられたお二人をゲストにお迎えします。ご関心のある方は、ぜひお気軽にお越しください。